「川端康成と伊藤初代 初恋の真実を追って」からみる川端文学とその時代

 川端康成の長い生涯にずっと影を落とし続けた伊藤初代との若き日の失恋体験。婚約まで進んでいた二人の約束が初代本人によって反故にされたその裏の事情は、川端本人にさえも不可解のままだった――ここにこの著作は切り込んでいきます。

 この一冊に収録されている二人の間に交わされた往復書簡とその頃の川端と初代の写真が大変貴重で、それによって婚約破棄の裏側に見える生々しさは、一川端愛好者としたら甚だ興味深いものでした。さらに、川端の死後四十年以上が経って発見された未投函含む書簡が、後のノーベル文学賞受賞者である川端康成の人間らしさを痛切に物語っていて、川端文学のどこか冷めた筆致とは違い不思議な気持ちになります。

 著者はこの主人公二人の足跡を追って良く取材を行っています。貴重な書簡をそのまま写真として載せているのも好感出来るし、それらによってこの一冊は十分川端研究の価値があるといえるでしょう。

 ただしかし、読み進んでいくうちに著者のプライベートな生活が半ば無理矢理重ねられてきて、私情を挟まないルポルタージュとは言えなくなってきます。それが蛇足を越えて不要の位置まで来ているのが惜しまれます。

 結局、二人の秘密は二人だけで秘匿されて、今の自分達には近付こうとしてもそれをどこか許さない、川端文学そのもののような気がします。そして、この著作中にある多くの写真、書簡から、二人が初めて出会った大正の空気感が手に取るように感じられるのが、精一杯なのかもしれません。